『人類の午後』堀田季何 第四詩歌集(邑書林)より
息白く國籍を訊く手には銃
自爆せし直前仔猫撫でてゐし
毆られし痕よりとけて雪女郎
蠅打つや自他の區別を失ひて
とりあへず踏む何の繪かわからねど
根分して草の童を增やしやる
地球儀のどこも繼目や鶴歸る
左手のかつてにひらく原爆忌
撃たれ吊され剥かれ剖(ひら)かれ兎われ
正字が全部は出せなかったかも?
連作風になっていたり、設定があったりで「この作品はフィクションです」と提示されているように思う。
けれど見据えているのは、今日の現実社会の諸問題でしょうか。
繪の中に三つの時閒南吹く
絵の中を流れる時間に思いを致すこと自体惹かれるけれど、三つの異なる時間があるというのはさらにイメージが広がる。各自が好きな絵を思い浮かべればよいと思う。
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